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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)9559号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

山下潔

中村康彦

秋田真志

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人検事

一谷好文

右指定代理人

山田敏雄

外四名

主文

一  被告は、原告に対し、一〇万円及びこれに対する平成四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和六〇年八月二日から大阪拘置所に勾留されている刑事被告人である。

2  拘置所職員による護送行為

原告は、平成四年四月一日、大阪拘置所の坂本豊彦看守部長ら(以下「坂本看守ら」という。)に付き添われ、両手錠・腰縄付きの姿で、大阪市天王寺区筆ケ崎五丁目五三番地にある大阪赤十字病院で眼科の診察を受けた。

その際、坂本看守らは、「眼科外来」の廊下や診察室に多数の外来患者や医師、看護婦がいるのに、両手錠や腰縄をむき出しにして、原告を歩かせた。

3  右護送行為の違法性

原告は、勾留されてはいるが、刑事被告人として、有罪の判決を受けるまで無罪の推定を受けるものである。したがって、護送者が、むき出しの両手錠・腰縄付きで公衆の面前を歩かせることは、原告の名誉を侵害し、その尊厳を著しく傷つけるものであり、このような護送行為が、憲法一三条や国際人権自由権規約七条等に違反し、違法であることは明らかである。

4  被告の責任

坂本看守らは、国の公権力の行使に当る公務員であるところ、その職務を行なうに当り、故意又は過失によって違法に原告の人権を侵害し、原告に精神的損害を加えたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った損害を賠償する責任を負うべきである。

5  損害

原告の精神的苦痛は、慰謝料一〇〇万円を下るものではない。

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償として、慰謝料一〇〇万円及び坂本看守らの不法行為の日である平成四年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、坂本看守らが付き添い、原告主張の日に、大阪赤十字病院で眼科の診察を受けさせたこと、その際、原告の戒護のため、両手錠をかけ、腰縄を付けていたこと、「眼科外来」の廊下や診察室を両手錠・腰縄付きで歩かせたこと、以上の事実は認める。

但し、坂本看守らは、原告の両手錠や腰縄をむき出しにして病院内を連れ歩いたのではなく、原告の人権(名誉)に対しても十分に配慮した。すなわち、

① 手錠(いわゆる両手・前手錠)は、原告が着ていた上着の裾で覆い、人の目には触れないようにした。

② 腰縄は、その腰部をひと巻きして原告の上着の下で結び、その端を同行した日高看守が手の甲にまきつけた上、原告の腰背部に密着させて持ち、これも周囲からはできるだけ見えないようにした。

③ 廊下等では、坂本看守ら(二名)が、原告を前後から挟むようにして歩き、周囲から手錠や腰縄ができるだけ見えないようにした。

3  同3は争う。

坂本看守らは、原告を病院で受診させるに当たり、右2の①ないし③のような配慮をしたほか、同人らの服装の点でも、いつもの上着(制服)、制帽、ネクタイは着用せず、シャツの上は、坂本看守が薄紫色のセーター、日高看守は市販の黒色ジャンパーにするなど、公衆の目に、同人らが拘置所の職員と映ることのないよう細心の注意を払った。

このように、坂本看守らは、原告の人権(名誉)への配慮は十分に尽くしており、同人らの護送行為が違法と非難されるいわれはない。

なお、原告を拘置所外の病院で受診させる以上、原告の両手錠・腰縄付きの姿が、その病院の医師、看護婦、患者らの目に多少とも触れることは、ある程度やむを得ないことである。

4  同4のうち、坂本看守らが国の公権力の行使に当る公務員であること、原告の護送が同人らの職務として行われたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5のうち、損害発生の事実は否認する。

仮に原告が何らかの精神的損害を被ったとしても、それは受忍限度内のものであり、被告が責任を負うべき理由はない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1と、同2前段の各事実は、当事者間に争いがない。

証拠(甲一一の2、原告本人)によると、原告の受診は、白内障の手術後、左目に出た黄斑浮腫の治療を受けるためであったことが認められる。

二  原告は、その際の拘置所職員による護送行為を問題にするので、この点について、以下検討する。

1  証拠(甲一八の1、2、乙一の1、2、二、坂本証人、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述は、坂本証人の証言と対比し、にわかに信用することができないし、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

坂本看守らは、乗用車で原告を護送し、午前一〇時三〇分ころ病院に着いたが、待ち時間があったため暫く車内で時を過ごした後、午前一一時ころ、北玄関(見舞い客出入口)の前で原告と坂本看守ら(二名)が下車し、坂本看守らが原告を前後から挟むようにして、同出入口から病院の建物内に入り、近くの階段を利用して、「眼科外来」のある二階に上り、階段付近で原告の順番が来るのを待った。

午前一一時一〇分ころ、原告の呼出しを受けたので、坂本看守らが原告を前後から挟むようにして、階段付近から眼科の診察室前廊下を通って、原告を同診察室に連れて行った。この間の距離は一二、三メートルであり、廊下の両側にはそれぞれ五、六脚の長椅子が置かれていて、約三〇名ほどの外来患者らが診察の順番待ちをしていた。

原告は、約一〇分程度、診察室の一角で視力検査等を受けたが、その後、もう暫く外で待つようにとの指示を受け、再び坂本看守らに前後を挟まれ、元の階段付近に戻って待機した。

午前一一時四〇分ころ、原告の診察の呼出しがあり、先程と同様、坂本看守らが原告を前後から挟むようにして、階段付近から眼科の診察室前廊下を通って、原告を同診察室に連れて行った。廊下にいる患者の姿は既にまばらになっていたが、診察室には七、八名の患者が長椅子に坐って順番待ちをしていた。原告は日高看守と並んで長椅子に坐り、坂本看守はその近くに立って原告の順番が来るのを待った。

午前一一時五五分ころ、ようやく原告の番が来たので、原告は、日高看守とともに、カーテンで仕切られた区画に入り、医師の診察を受けた。この区画には他の患者はいなかった。診察は一五分足らずで終り、その後、原告は、坂本看守らに付き添われ、同じ経路を逆にたどって、乗用車の駐車場所まで戻ったが、この時も、坂本看守らは前後から原告を挟むようにして歩いた。

2  証拠(検乙一、二の1、2、三の1ないし3、坂本証人、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する坂本証人及び原告本人の証言・供述は、他の証拠と対比し、とうてい信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

病院でも、原告は、両手に前でかけられた金属手錠を解かれることはなく(但し、検査を受けるときに、一時右手だけ外された。)、この手錠と連結した捕縄は、原告の腰部にひと巻きして上着の下で結ばれ、その端を看守の一人が手の甲に巻きつけたうえ、原告の後ろからその腰背部に密着させて持ち、こうして、二人の看守(坂本看守ら)が、前後から原告を挟むようにして病院内を連れ歩いた。

しかし、原告のこの日の上着は、丸首の、前開きのできないトレーナーであったため、原告が両手錠を上着の下に完全に隠すことは物理的に困難で、坂本看守らが原告の前後を挟むような形である程度「壁」の役割を果たしたとはいえ、「眼科外来」の廊下等にいた多数の外来患者らに原告の両手錠は容易に見える状況にあったばかりか、坂本看守らが、いつもの制服・制帽姿は避け、できるだけ目立たぬように、前を歩く坂本看守は普通のセーターを、原告の後ろに付く日高看守は黒色ジャンパーをそれぞれ着用していたものの、二人が前後から原告を挟むようにして歩き、後ろの一人は片手を原告の腰背部に密着させて連れ立って歩く様は、病院という場所柄からいかにも異様であり、原告の手錠に気付けば、原告が両手錠・腰縄付きで護送されていることは、誰の目にも一見してそれと分かる状況であった。

3 勾留中の被告人を拘置施設の外に護送する際には、逃走等の事故防止のため、護送者が手錠等の戒具を使用することはやむを得ないことであり、坂本看守らが、原告を拘置施設外の病院に護送するに当たり、手錠・腰縄を使用したことそれ自体は正当な職務行為であり、何ら違法視されることではない。

しかし、護送に際し手錠・腰縄姿を公衆の面前にさらすことは、被告人の自尊心を著しく傷つけ、被告人に耐え難い屈辱感と精神的苦痛を与えるものであるから、やむを得ない特段の事情が存在しない限り、そのような護送行為は被告人の人格権に対する違法な加害行為たるを免れないというべきである。

本件では、証拠を仔細に検討しても、このような特段の事情は何ら認められないから、坂本看守らの護送行為、すなわち、原告を、外来患者らに手錠が容易に見え、両手錠・腰縄付きで護送されていることが一見して分かる状態で「眼科外来」の廊下等を連れ歩いたことは、原告の人格(人間としての誇り、人間らしく生きる権利)への配慮に著しく欠けるもので、原告の人格権に対する違法な加害行為であるといわなければならない。

(但し、受診のため、原告が医師や看護婦と接触することは不可避であり、原告に使用されている戒具が検査や診察の過程で担当の医師・看護婦の目に触れることには、やむを得ない特段の事情があるというべきであるから、両手錠・腰縄付きの姿を担当の医師らに見られたところで、そのことだけで坂本看守らの護送行為が直ちに違法となるものではない。)

三  坂本看守らが国の公権力の行使に当る公務員であることは当事者間に争いがなく、右二の事実に照らすと、同人らには、右のような護送行為が原告の人格権に対する違法な加害行為となることにつき、故意か、少なくとも過失があったというべきであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った損害を賠償する責に任ずべきである。

そして、本件護送行為の態様、廊下や待合室にいた外来患者らの数、原告が両手錠・腰縄付きで歩かされた距離、時間、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、慰謝料は一〇万円が相当である。

四  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し損害賠償として一〇万円及びこれに対する加害行為の日である平成四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容するが、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官白井博文 裁判官小久保孝雄 裁判官龍見昇)

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